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 そこから何か見えるか?
 そこから何か触れるか?
 そこから――


「で? 何の用だ、孟徳」
「ふふ、まぁ慌てるな。まずは、近う寄れ」
 突然、曹操に閨に来るようにと言われ、やって来た夏侯惇。
 彼が姿を表すと、曹操は微笑むと軽く手招きをして、自分が横たわっている寝台へ近づくように促した。それに従い、夏侯惇は少しずつ寝台へと近づく。
 ――どこも悪くないように、見えるのに。
 寝台のすぐ側へと来ると、横たわっている曹操を見下ろした。
 顔色が悪いだけで、他は何も変わらない。いつもの曹操だ。だがその躯を、病魔が蝕んでいる。
 もう、どうする事も、出来ないのだ。
「見下ろされるのは、気分が良いものでは無いぞ」
「あ……すまん」
 慌てて跪く。
「それで、一体どうした?」
 話しを聞きたいのだが、曹操はというと、手を伸ばして夏侯惇の頬に触れてくるだけで、口を開こうとしない。
 昔なら、いらついて閨から出ていったかもしれないが、今は、そのままでいた。

「あのな、元譲」
 思っていたより、口を開くまで時間はかからなかった。
 そして紡がれた言葉は、
「儂の口が動かなく前に、言いたい事を言っておこうと思う」
 何となく、覚悟はしていた。そろそろ、最後の言葉を言ってくるのではないかと。
 だが、だけど、
「……口出しは、してはならぬ」
「…………」
「ここまで、儂の側に居てくれて、ありがとう」
 無言を同意と見た曹操が、語り出す。
「いいか、絶対に儂の後は追うな。お前の死を、儂のせいにしたくない」
 夏侯惇は、小さく頷く。
「これからの人生は己の為に生きろ」
 頷く。
「お前がそうしたいのなら、魏を、この国を見捨て好きな所へ行ってもかまわん」
 躊躇った後、頷く。
「……最後に、泣くな。お前の泣き顔を見るのは、辛い」
 頷く。
「……これが儂が逝った後に守ってもらいたい事だ。後は、今やってほしい事だ」
 それに対し、夏侯惇は首を傾げた。
「……笑ってくれ。そして、手を繋いで、口づけてくれないか」
「……お安い御用だ」
 夏侯惇は曹操に対し微笑むと、体温が低い手を取った。
 そしてお互いの顔を近づけると、触れるだけの簡単な口づけを送った。
 口づけを送り、顔を離してから見えたのは、
「ああ……幸せだ……」
 目から一筋の涙を零しながら嬉しいそうに微笑んでいる、曹操の顔であった。



 そこから何か見えるか?
 そこから何か触れるか?
 そこから――

 数日後、曹操が息を引き取った。
 最期まで夏侯惇は側に居て、笑顔で曹操を見ていた。
 笑顔を見せると、曹操は嬉しそうにしたから。例え表情を変える事が出来ないくらい弱っていても、そう見えたから。


 ――天からお前は見ているのか?
 だとしたら、すまない。少しだけ、約束を忘れてもいいか。
 少しだけ、少しだけだから。それからは、ちゃんと約束を守るから。
 すまない。
「……孟徳……もうとくぅ……うぅ……」
 天が、この時だけはぼやけて見えた。





1日遅れですが、曹操様命日によせて。

[2011年 1月 24日]