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 ――夢、だろうか。

 ふと気づいたら、夏侯惇は独り満月の夜の草原を歩いていた。だが、此処はどうも現(うつつ)のものではないようだった。空で消えるはずの流星が、まるで小雨のように地上へと降り注ぎ、地上で弾けて消える。時々夏侯惇の足元を照らす。
 ――夢、ではあると思うのだが。どうにも夢と現が曖昧になってしまっている。
 半分放心状態で歩いていた時だ。
「天は願いを叶えてくれなんだか」
 声。
 もう聞ける筈の無い、声、が。
「……どこ、どこにいるんだ」
 少し生気が戻った隻眼で辺りを見渡す夏侯惇。
 すると、急に足元が冷たくなった。
 慌てて後退し足元を見てみる。何故か片足が濡れている。
 それもその筈。いつの間にか目の前には、大きな川が。
「……まだ、早い」
 また聞こえた。対岸の方からだ。つまり、対岸に居るのだ。あの人が。
「もう、とく」
 どのぐらいの深さかもわからないのに川の中へと入っていく。両足が濡れていく。
「来るな」
 大声では無いのに、その一言は夏侯惇の足を止めるのに十分であった。
「その川は此岸と彼岸を隔てるもの。渡ってしまったら、もう戻れぬ」
「でも」
「まだ、まだお主は生きておれ。儂が礎を作った国の行く末を見て欲しいのだ」
 夏侯惇は動かない。このまま言う事を聞いて、戻ってくれると思っていたが。
「……嫌だ」
 再び歩み始める。
「お前の我が儘を聞いてきたんだ。これくらい、別に良いだろう。それに、俺はもう駄目だ。あちらでは、躯がもううまく動かないんだ」
 少しずつ、だが確実にこっちへ来る。川は深く無く、膝ぐらいの深さであった。
 対岸の者は、深く無い川を恨んだ。
「……やっと、やっとだ……孟徳……長かった……」
 こちらの岸に辿り着いた夏侯惇は直ぐさま彼を抱きしめた。膝まで濡れていた足は、もう乾いていた。

 彼――曹操はただ、抱き返した。





 天よ。
 どうして私の願いを叶えて下さらなかったのです。
 私では無く、この者の願いを叶えたのですか。
 私の願いは、叶える価値が無いと?
 なんて、残酷なのでしょう。

 私の咎が、また一つ。





惇兄命日に寄せて。

[2011年 4月 25日]