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 斬って斬って斬って、また斬って

 己の躯、更に愛馬さえも、全体が血の色に染まっていた。


 今まで行った事の無い戦場、だという事はわかる。愛馬に跨がって様々な場を駆けてみるが、見知ったものは無い一つ無い。
 そして――この場には、自分の味方が存在しなかった。

 見かけた人間は全て、武器を自分に向け、殺気を纏わせるのだ。だから、近づく人間は殺すしかない。
 向かってくる人間達の中には、知っている者も居た。――かつての、仲間。向こうは自分の事など忘れたかのように武器を向けてきたが。
 それで仕方無く、切り捨てた。
 現実では、ありえないというのに。

 何かの作業のように黙々と人間を斬っていた時だった。

 突然力強い衝撃を受け、馬から落ちてしまった。

 急いで体勢を立て直そうとしたが、その前に何者かに跨がられ、躯を動かせなかった。
 それとほぼ同時に感じる、息苦しさ。
 どうやら跨がっている者が首を絞めているようだ。このままでは。首にかかっている手を退かそうとした、が、ぴくりとも動かない。
 先程まど自分に武器を向けていた人間達は、回りを取り囲んで行く末をじっと見つめていた。

 首を絞めている者の顔は逆光のせいで見えない。

 だが、

「……憎んで、いる……のだろう……さっさと……やれ」

 ――お前は、強かったからな。だけど、お前は死んで、俺は生き残った。憎まれるのは当然だ。


 闇が来る。目の前を覆い隠すその寸前に聞こえたのは、

 子供の、声。




「!? ……はぁ、はぁ……」
 目の前に広がる風景は戦場では無く、見慣れた――自分の寝室の天井であった。

(あれは“悪夢”……か)
 まさか見てしまうとは――張遼は荒く呼吸をしながら、考えていた。
 汗のせいで前髪が額に張り付いているし、寝間着も濡れている。不快に感じて仕方が無かったが、着替えるのも面倒なので、髪をかきあげて、そのまま眠ろうとした時だ。
「父上」
 夢から覚める前に聞こえた子供の声がまた聞こえた。声のした方へ顔を向ける。
「虎……?」
 不安げな表情で張遼を見つめる、息子の張虎がそこに居た。
「……どうした?」
 普段ならとっくに眠っているはずだ。それなのにこうして目の前に居る。
 張虎は何も言わず、ただ泣きそうな表情を浮かべているだけである。だが、それだけでも希望している事はわかった。
「怖い夢でも見たか……おいで」
 掛布を上げて寝台に来るよう促す。張虎は頷き、少し苦労して寝台に上る。そして横たわると、汗ばんでいる張遼の躯にぴったりとくっついてきた。
「父上も、こわい夢みたの?」
 張虎が尋ねてきた。おそらく、父親がうなされている所を見たのだろう。
「……ああ」
「じゃあ、一人じゃねむれなくなってた?」
「……うん、お前が来てくれて安心した」
「そっかぁ……」
 その言葉をきっかけに、まどろみ始める。張遼は息子の頭を優しく撫でると、微笑んだ。
「ほら、もう大丈夫だ。寝なさい」
 返事は無かった。もう眠りについたようで、胸が小さく上下しているのが見える。
(……父子で悪夢を見るとはな)
 起こさぬように、そっと息子を抱きしめる張遼。腕の中にいる、小さな命。
(これから、大きくなったら……お前は、武将を目指すのだろうか)
 息子は成長し大きくなっていく。自分が想像していたよりも早く。気づいたらもう初陣、という事になりそうだ。
 そして、生きるか死ぬかの世界で、呼吸をしていく事になるのだろう。
(……天よ)
 張虎を抱く腕に、少しだけ力を入れる。
(悪夢を見るのは俺だけでいい。どうか――)

 この子には、希望ある夢を。





珍しいおセンチ張遼。

[2011年 3月 25日]