どこかに慢心があったようだ。「自分は大丈夫だ」という考えが、頭の片隅に存在していた。
 まさか、自分が狙われているとは思いもよらず。

 覚えているのは、目を背けたくなる程の光と、自分の名を呼ぶ声。



 今日も戦場に立つ。
「今日は劉曄殿が代わりに入ってもらう事に なった」
「よろしく頼む」
 指揮官の張遼から紹介された劉曄が軽く頭を下げる。
「さて、今回も槍兵がいるな……迎撃に注意せねば」
「とか言いつつ、真っ先に刺さるのはお前だけどな」
「うぐ……ビ、ビタ止めはやっているのだが」
「止まる前に刺さっているんだろうが。今日刺さったら、覚悟しとけよ」
 共に出陣する郭嘉の容赦無い言葉に早くも士気が下がった張遼。そんな彼を励まそうと楽進は手振りをしながら慌てて声をかける。だが、それでも張遼の士気は中々あがらない。何だか、ますます落ち込んでいるようにも見える気が。

(いつもなら……)
 ふ、と集団の少し後ろの方に居た龐徳が隣を見た。
 太陽の光に反射して美しく光る髪が、今日は見れない。

 ――退屈だ。
 読み終えた兵法書を適当な場所に置く。神速軍団の一員である謀略の策士・賈詡。本来なら戦場に立ち、敵陣に計略を巡らすのだが ――今日はあの深紅の着物では無くゆったりとした白い着物に身を包み、寝台の上に横たわっていた。
 何故彼はこんな所に居るのか。それはとある事情が関係していた。

 特にやる事も無いので、一眠りしようと瞼を閉じた時だ。
 眠りどころか執務まで妨害しかねない程の足音が、廊下から響いてきた。
 一体誰だ。そんな問いかけをしなくても、誰のものかはすぐにわかる。そして、この足音の主は此処に向かっている。それもすぐにわかった。

「文和さーん!」
 無駄に元気な掛け声と共に扉が開けられた。声の大きさと荒々しく開けた事による物音を不快に感じ、思わず賈詡は眉をひそめた。
「五月蝿いぞ、龐徳」
 来訪者で先程の足音の主――龐徳は途端に躯を縮こませ「すいません」と、小さく謝罪をする。
 とりあえず、賈詡は上半身を起こそうと腕に力をこめる。気配を感じたのか、龐徳はすぐに賈詡の側へと駆け寄り、背中を支えてくれた。大袈裟だ、とは思いながらも素直に助けてもらう。
 治ってきたとは言え、まだ完全には回復していないのだ。

 事の始まりは、先日の対戦での出来事だった。
 相手は蜀軍。槍兵に気をつければ大丈夫だと思われていた。だが、その時は――雷を操る者も出陣していたのだ。
 確実に力を削るその計略は知力が低い者が狙われやすい。そう考え、賈詡はお世辞にも知力があるとは言えない龐徳の側で警戒していたのだが――その時放たれた雷は龐徳では無く、何故か賈詡の方へと落ちていったのだ。

 情けない事に、普段は落雷を受ける事がないので外傷だけではなく、体調も崩してしまったのである。

「で、今回はどうだったのだ?」
 自分がいない中での成果が気になる賈詡。
「えーと、もちろん勝ったんですけど、張遼殿が迎撃喰らってしまったんで、郭嘉殿からお仕置きされていました」
「またか。まったく、相変わらずだな。……どうやら私が居なくても、何ら問題は無かったようだな」
「俺は大問題ですよ!」
 いきなり大声を上げてきたので、びっくりして目を見開く賈詡の事を気にもせずに、龐徳は途端に涙目になりながら、ぐいっと賈詡に顔を近づけた。
「もう文和さんが居ないから俺の士気はがた落ちで……今回だってうまく攻城できなかったし……」
「なんで私が居ないだけでそうなるのだ……」 
「だって文和さんが好きだから」
 ……思わず、赤面。龐徳は何の躊躇いも無くこういう恥ずかしい事を言ってくる。困ったものだ。
「という訳で、戦場で一緒に居れなかった分、此処に居ても良いですか?」
「……どうせ、駄目だと言っても居るのだろう。好きにしろ」
 それを聞き、まるで子供のような笑顔を浮かべた龐徳は賈詡が横たわっている寝台に腰掛けた。
 龐徳が腰掛けているので眠る事が出来なくなったが、嬉しそうにしている龐徳を前に何も言えずにいる、と。

「……あれ?」
 龐徳が不思議な声を上げた事で気がついたのだが、窓から入る光が無くなってきたのだ。
「まだ日が落ちるのは早……」
 轟音。
 激しい光。
 そして強い雨音。
 ――突如、激しい雷雨がやってきたのだ。

「うわぁ! 夕立が来ちゃったんですかねぇ。文和さ」
「あ、あぁ、そ、そうかもな」
 思わず首を傾げる。心なしか、声が震えているような。
「文和さん? どうしたんですか?」
「べ、別に何でもな」
 また轟音。
「ひっ!!」
 悲鳴を上げてしまった。今度は、隠しきれない。
「……ひょっとして、雷が怖くなっちゃいましたか?」
 何気なく聞いたつもりなのだろうが、賈詡にとっては自尊心を傷つけられる一言であった。
「ち、違う! 子供じゃあるまいし、何故雷如きに怯えねばならん!」
「じゃあ落雷を受けたせいで、怖くなっちゃったんですかねぇ? 前は確かへっちゃらでしたよね」
「だから怖くなんて……!」
 轟音が容赦無く鳴り響く。
 また賈詡は怯える動作を見せる。何だか肩も震えているような。
「あぁ~大丈夫ですか文和さん? ほら、これなら何も聞こえないでしょう?」
 龐徳が賈詡に両手を伸ばすと、両手で耳を塞いできたのだ。
「……?」
「あ、今も鳴りましたよ……って俺の声も聞こえないか」

 龐徳が耳を塞いでから、確かに轟音は聞こえなくなった。――龐徳の声も。
 聞こえてくるのは、龐徳の掌から発せられる不思議な音である。
 まるで、地の底から何かが湧きあがって来るような――

「……っ!」
「ぶ、文和さん?」
 突然、賈詡が頭を振って龐徳の手を退かせた。思いがけない行動だったので、すぐに龐徳の両手は外れる。
「何やってんですか。雷の音聞こえちゃいますよ!」
「……お前の、」
「へ?」
 聞き取るのが困難な程の小声だったので、龐徳は賈詡の口元に耳を近づける。
「お前の声が聞こえない方が……怖い」
 耳元でそんな事を言われてしまい、今度は龐徳が赤面をする番であった。

「あ……じゃあ、何もしないでおきますね。その方が良いのなら」
 返事の変わりに、静かに手を握ってきた賈詡に、思わず抱きつきたくなる。が、そこは我慢しておく。――弱っているとは言え、突き飛ばされる可能性が、無きにしもあらず。

(雷……ずっと鳴ってて欲しいなぁ……文和さんには悪いけど)

 雷は、変わらず轟音を鳴らし続ける。




完


今まで落雷デッキと戦った事がないのでちょっと怪しくなってしまいましたが……汗

[2012年 2月 1日]